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コラム

春日大社にて──「浄化と再生」のご神事と重なった、いろは瞑想フェロー奈良1日目

2026.04.05

4月3日は、記念すべき
いろは瞑想を継承する方たち(フェロー)
春日大社にて朝の集合。
〈瞑想 → セッションDAY〉として、奈良での第一日目が始まりました。
現地に到着して、まず驚いたのは、
4月3日のこの日が“桃の節句”のご神事の日だったということ。
春日大社では、3月3日ではなく、1ヶ月後れの4月3日に上巳の節供祭が執り行われています。
格調高い祭儀がちょうど目の前で行われており、
思いがけず、その場に立ち会うことになりました。
「穢れを祓い、生命を整え直す日」──そう伝えられる神事です。
この流れの中で始まった〈いろは瞑想フェロー/奈良1日目〉。
参加された皆さまも、それぞれに深く感じられるものがあったようでした。
ほんと、我ながら不思議なのですが、いつもご神事の“ドンピシャな時間”に、なぜか居合わせている。

神事と瞑想──構造としての共鳴

今回の体験から、いくつかの共通構造が見えてきます。
神事の核心は「祓い」。桃の花や季節の植物を神饌に用い、季節の移ろいとともに「古いものを手放し、新たな生命力を整える」意味が込められています。
一方、瞑想──特に色や光を用いるものは、内的な雑念や古いパターンをクリアにし、純粋な意識状態へ移行する実践です。この構造は、神事と非常に近いものがあります。
さらに重要なのは、それが「個人」ではなく、フェローという“集団”で行われたこと。
神道の祭祀は本来、共同体の中でエネルギーを循環させるもの。
同様に、グループ瞑想は個の意識を集合場へと広げ、増幅させていきます。
今回の出来事は、古代から続く儀式の場と、現代の瞑想グループの「場」が重なり、参加者全体のエネルギーフィールドが重なった時間でもありました。
春日大社は、藤原氏の氏神であると同時に、大和の根源的な聖地のひとつでもあります。
鹿が神の使いとされる森全体が、古来より浄化の場として機能してきました。
また4月3日は旧暦上巳に対応する日であり、春のエネルギーが最も高まる時期に「再生の祈り」が行われる日でもあります。

流れとしての確信

こうした体験は、本名時代、カラーの仕事で次々とメディア依頼が来ていた頃の感覚とどこか似ています。目に見えない形での後押し。
「この道で間違いないよ。そのまま進んでね」と伝えられているような感覚。
だからこそ、私の中では、楽々すいすい流れていかないもののほうが、むしろ違和感として残るのだと思います。

いろは瞑想フェロー参加者

今回印象的だったのは、〈いろは瞑想フェロー〉に参加された方々が、その意味を理解しているというよりも、「一緒に瞑想したい」という感覚で参加されていたこと。
そして、「金額としては高いけれど、価値としてはむしろ安いくらい」
「ありがたい」という言葉までいただきました。
内心では、まだ私の力の20%ほどしか、伝わっていないとは感じつつ。
ただ、このプロセスは、こちらが一方的に何かを“与える”ものではなく、〈各自のコミット〉によって深度が変わるものです。
その前提のもとで、それぞれの質やフェーズ、ゴールに応じて展開されていきます。
それでも、一緒に瞑想することで、自然と心身がひらき、真の自分のゼロ磁場へと調整されていく。
これは意図して行うというよりも、共振共鳴として起こる現象であることが、これまでの事例からも見えてきています。

奈良の聖地からの祝祭
今回のご神事の流れは、私にとっても非常にわかりやすい形での「祝祭」として感じられました。
人の意志だけでは説明しきれない、場とタイミングの一致。
その中で始まった、いろは瞑想フェローという流れ。そしてまさかの次の日も・・・。

2日目へとつづく